経済問題に関する覚書

トロツキー/訳 西島栄

【解説】この覚書は、いわゆる「幕間」の終わる直前に書かれたものである。この覚書の中で、トロツキーは、第14回党大会の工業化方針を批判し、より大胆な工業化の道を示すとともに、その工業化の源泉として世界市場をかなり重視している。この覚書の中で、トロツキーは、「このことから、きわめて安易に次のような結論を出す人がいる。すなわち、農産物の輸出が事態を打開する鍵であり、農業に最大限の追加資金をふり向ける必要がある、これによって、輸入以上に輸出資源を拡大させて、工業の発展を促進するのだ、という結論である」と述べているが、ここで念頭に置いている人物がブハーリンであるのは言うまでもない。

 この覚書はすでに、『社会主義へか資本主義へか』(大村書店)の付録に収録されているが、日付に誤植があった。この覚書の書かれた日付は、正しくは1926年の1月15日である。

Л.Троцкий, Заметки по экономическим вопросам, Архив Троцкого: Коммунистическая оппозиция в СССР: 1923-1927, Том.1, 《Терра-Терра》, 1990.


 1、どんな社会体制も、またある社会体制のどんな発展段階も、基本的に労働生産性の水準によって特徴づけられる。

 2、資本主義は、生産力がもはや資本主義的社会関係と両立できない高さにまで生産力を発展させた。このことは、ヨーロッパに関しては絶対的な意味で、アメリカに関しては相対的な意味で、理解されなければならない。すなわち、ヨーロッパにおいて生産は成長をやめた。アメリカにおいては、それが社会主義組織のもとでなら可能であったであろうよりもはるかに緩慢にしか成長していない。

 3、ソヴィエト連邦において、われわれは資本主義国家の生産力よりも低い生産力に立脚した社会主義国家を有している。生産力の発展に対する社会的障害は存在しない。すべての課題は、技術の発展や労働の正しい組織化、生産の合理化に帰着する。

 4、まったく明らかなのは、わが国における社会主義経済はただ、その労働生産性が資本主義の労働生産性に追いつき、さらにそれを追い越す場合にのみ発展し安定することができるということである。

 5、そこへ至るためには、わが国経済の工業化を通過しなければならない。そして、その工業化は――わが国の空間と天然資源のおかげで――わが国の経済や軍事産業を完全に保証することができる。

 6、しかしながら、高度な工業的基礎にもとづいた経済的独立が、自国の国有経済の全体のうちに閉じこもった政治経済体制を通じて達成されると考えるとしたら、それは正しくない。反対に、世界経済の資源を利用してはじめて、世界経済に追いつき追い越すことができるのである。

 7、国際分業は、自然的な原因から生じるとともに、歴史的な原因からも生じる。わが国が社会主義的な経済組織に移行したにもかかわらず、他国の人々が資本主義的条件のもとで暮らしているという事情は、国際分業、およびそこから生じる結びつきや依存関係をけっしてなくすものではない。革命の最初の数年間にわが国の経済が衰退した原因の一つは封鎖であった。封鎖からの脱出は、国際分業から生じてくる、すなわち何よりもまず、さまざまな国の経済水準の差異から生じてくる経済的な結びつきの復活を意味しているのである。

 8、外国貿易の性格と規模こそ、われわれが自国の経済発展テンポを速めるために世界の資本主義的商品取引をどのように、そしてどの程度利用しているかの直接的な表現である。

 9、資本主義諸国との活発な商品取引を始めることによって、われわれは、わが国の経済を世界市場の労働生産性と原価の基準のもとに置いている。

 10、外国貿易の独占は、豊かな資本主義諸国の経済的圧力からわが国を直接的に守り、自国の技術と経済とを向上させるための十分な長期間をわが国に保証する強力な手段である。

 11、しかし、外国貿易の独占を絶対的な保証であると考えるとしたら、それは正しくない。その有効性の程度は、わが国経済における労働生産性が世界経済の労働生産性にいかなるテンポで近づいていくかに依存している。

 12、世界市場によるコントロールは、わが国の外貨不足のうちに最も明瞭かつ最も直接的に表現されている。すなわち、わが国の輸出が不十分なため、わが国経済のいっそうの発展にとって必要なすべてを時機を失せず輸入することができていないのである。

 13、輸出を妨げている原因は何であろうか?

 それは、輸出が国家にとって赤字であるか、農業生産者にとって損であるからである。赤字は基本的な原因からも副次的な原因からも生じうる。貿易上・輸送上その他の間接費が過度にかかることから赤字が生じている場合、外国貿易の独占の基礎をなしている国営貿易機構の合目的性の程度が世界市場を通じて検証されているのである。だが、基本的な原因は農業製品と工業製品との鋏状価格差にある。農民は、自分たちの輸出用生産物の代金として、世界市場と輸出条件が許容する範囲の価格を受け取る。しかし、農民が受け取る価格は、工業製品の価格に換算すれば不十分なものである。もし閉鎖的な経済が問題になっているならば、農業製品の価格は工業製品の価格とある点で均衡するようになるであろう。しかし、輸出はわが国が前進するための条件であるために、農業生産物の価格は世界市場価格の圧力にさらされているのである。

 外国貿易の独占は、長期間にわたって、他の国との競争から国内工業の高価な生産物を保護することができる。しかし、独占は世界市場の穀物価格を上げることはできないのである。

 14、世界市場の有する資源は、わが国の輸出上の必要という見地から見れば、事実上無限である。輸入品に対するわが国の要求もまた事実上、無制限である。このことは、工業化の方針といかなる意味でも矛盾しない。それどころか反対に、それは完全に工業化の方針から生じている。

 事実上、輸入の限界は、輸出の限界によって完全に定められている。

 15、このことから、きわめて安易に次のような結論を出す人がいる。すなわち、農産物の輸出が事態を打開する鍵であり、農業に最大限の追加資金をふり向ける必要がある、これによって、輸入以上に輸出資源を拡大させて、工業の発展を促進するのだ、という結論である。

 16、実際には、このような立場は誤っている。輸出が困難であることの根底には、農業生産物と工業生産物とのあいだの不均衡が横たわっているのである。このことは、農村が過剰生産をしているということを意味するのではなく、都市が過小生産をしているということを意味している。工業生産物の原価が高いことは、その量が不十分であることと密接に関連しているのである。

 17、理論的に考えうる結論は二つの方向で語ることができる。まず第1に……[文章はここで中断している]

1926年1月15日

『トロツキー・アルヒーフ』第1巻所収

『社会主義へか資本主義へか』(大村書店)付録より

 

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