ツァーリではなく労働者政府を

パルヴス/訳 西川伸一・西島栄

【解説】本稿は、1905年1月9日の「血の日曜日事件」の後に国外にいたパルヴスによって執筆された政治ビラであり、スターリニストによってトロツキー攻撃にさんざん利用された文書である。この文献についてトロツキーは『永続革命論』のなかで次のように述べている。

 「さて批判者諸君、『ツァーリではなく労働者政府を』というスローガンを私はいついかなる場合でも書いたことはないし、発表したことも提起したこともない、ということを付言しておくことは余計なことではあるまい。私を裁く人々の主要な論告の基礎には、何はともあれ、事実に関する最も破廉恥な誤りがある。実を言うと、『ツァーリではなく労働者政府を』という表題の声明を書いて発表したのは、1905年の夏に国外にいたパルヴスであった。当時、私はとっくにペテルブルクで非合法生活をしており、事実の上でも思想の上でも、このリーフレットとはまったく何の関係もなかった。ずっと後になって論争的論文の中ではじめてこのリーフレットのことを知ったが、結局それについて自分の意見を表明するきっかけも機会をまったくなかった。この声明を私は(批判者たちと同じく)見たことも読んだこともない。これがこの注目すべき事件の真相である。」

 トロツキーは「夏」に書かれたとしているが、その内容からして、明らかにもっとずっと早い時期のものであろう。おそらく、『イスクラ』論文やトロツキー『1月9日以前』への序文とほぼ同趣旨の内容が書かれていることからして、1905年の2月か3月頃に書かれたものと思われる。トロツキーはこのビラそのものをまったく読んでいないので、内容から執筆時期を推定することはできなかったので、不正確な推定になったのであろう。

 このパルヴスのリーフレットには農民はまったく登場しておらず、その点で、「農民の軽視」という非難はたしかにこのリーフレットにはあてはまるかもしれない。とはいえ、この短いリーフレットにはすぐれた政治的洞察が多数見られる。たとえば、パルヴスはブルジョアジーとツァーリ政府とが妥協する可能性について次のように述べている。

 「自由主義者たちは、ツァーリ政府が自分たちを権力に引き入れてくれるならば、すぐにもツァーリ政府と手を結ぶことだろう。そのときには、ツァーリの権力を維持し、有産階級の政治的諸権利を拡大し、労働者階級の権利をできるだけ制限するために、政府と地主、工場主、商人の同盟ができあがるだろう。」

 まさにここでのパルヴスの予言どおり、1905年革命が鎮圧された後、多少の立憲的改良がなされると、ブルジョアジーはたちまちツァーリ政府と妥協して、ツァーリ政府と地主とブルジョアジーとの三者同盟(6月3日体制)が形成されるのである。

 パルヴスはこのリーフレットのなかで、労働者階級による権力獲得と労働者政府の樹立を訴えており、そのために革命を組織することを呼びかけている。パルヴスにとってこの労働者政府はもちろんのこと、社会主義革命のための政府ではなく、あくまでも民主主義のための政府である。これは、『イスクラ』論文「総括と展望」および「トロツキー『1月9日以前』への序文」での主張と完全に軌を一にしているが、この自らの独自の主張を直接政治ビラという形でロシアの労働者に訴えようとしたのが、この「ツァーリではなく労働者政府を」である。

 本文献はすでに『ニューズ・レター』第13号に掲載済みのものを、多少改良したものである。

Парвус, Без царя, а првительство ― рабочее,Перманентная революция(сборник), Iskra Research, 1993.


 労働者人民諸君!

 ペテルブルクの労働者は、信頼感と期待感をもってツァーリのところに行ったが、彼らの先頭には、人民のお気に入りの人物で、キリストの信仰と愛のシンボルである十字架を手にした神父ゲオルギー・ガポンがいた。府主教はゲオルギー・ガポン神父を破門した。ガポンが人民の困窮の預言者になったために破門したのである。自分のためではなく、汝のために、すべてのロシアの人民のために、ゲオルギー・ガポン神父はこの厳罰を背負った。彼一人ではなく、汝が、働き苦しむロシア人民が、正教会の最高位の高官によって破門されたのだ!

 だが、ツァーリは虐殺で答えた。

 ツァーリの雇主たちへの裁きを求めるべきではないし、ツァーリに自由を求めるべきではない――ツァーリにも府主教にもだ。ツァーリは人民の困窮ゆえに裕福であり、人民への圧制ゆえに強力なのだ。そして、府主教と大主教は境界の収入を管理し修道院の土地と財宝を支配している。彼らはみな、人民の収奪者であり、圧政者の同じ家族、同じ一族なのだ。人民は過ちを犯し、自らの過ちを数千の犠牲者であがなった。

 ロシア全土で今や大殺戮が行なわれている――ツァーリ政府は人民を制圧しつつある。

 大きな代償を払ってロシア人民は自由を手に入れなければならないが、しかし人民は自由を闘いとるだろう。勤労大衆の奔流はツァーリと衝突するだろう。そして、労働者はツァーリを打倒し、ツァーリ政府を一掃するだろう。

※   ※   ※

 ツァーリ権力は今やすべての人々を抑圧しており、多くの人々が労働者に訴えている、私たちをツァーリ専制のくびきから解放せよ、と。

 労働者人民自身がツァーリの圧制から開放されなければならない。しかし、ツァーリから解放されても、労働者階級は自分たちの首を締めつけていた政治的首輪から解放されるだけで、自分たちの足を縛っている資本主義の鎖からは解放されない。専制を除去したあと、労働者階級は自らの経済的解法のための闘争を始めなければならないであろう。この闘争を遂行するのは労働者階級だけである――そこでは、彼らには支持者も庇護者もなく、自分自身の力を除いては、誰も信用すべき相手はいない。

 多くの人々は現在労働者を支持している。なぜなら労働者は自らの生命を犠牲にして政治闘争をしているからである。しかし、労働者が勝利を収めると、彼らのことは忘れられ、各々は自分たちの利益のことだけを考えるだろう。

 多くの人々は現在「自由万歳!」と大声で叫んでいるが、自分たちに権力が与えられるやいなや、自由を裏切るつもりなのだ。

 自由主義者たちは、ツァーリ政府が自分たちを権力に引き入れてくれるならば、すぐにもツァーリ政府と手を結ぶことだろう。そのときには、ツァーリの権力を維持し、有産階級の政治的諸権利を拡大し、労働者階級の権利をできるだけ制限するために、政府と地主、工場主、商人の同盟ができあがるだろう。

 そうなれば、人民の政治的奴隷制は一掃されず、緩和されるにすぎないだろう。国家の変革は中途半端に終わるだろう。専制ではなく、しかし人民支配でもなく、あるのは自由主義、すなわち有産階級=ブルジョアジーの政治的支配である。

 ツァーリを打倒するだけでは不十分であり、自由を強固にしなければならない。人民革命が必要なのだ。

 労働者人民は、ツァーリ政府を一掃したあと、自らがこれほど高価な犠牲を払って勝ち得たもの、すなわち人民の諸権利を強固にすることに配慮しなければ、自分自身の利害に背くことになるだろう。

※   ※   ※

 労働者人民の任務は帝政を一掃することだけではない。自らが権力を握ることもその任務なのだ。

 政治的諸権利はあらゆる人民にとって必要であるが、これらの政治的諸権利は労働者階級が守らなければならない。

 政治的諸権利と労働者政府が必要なのだ。政治的体制転覆を遂行する労働者の革命軍によって任命された政府が必要なのだ。

 労働者階級を代表するこの政府は、人民による支配=民主主義を強化することを任務とするであろう。この政府は、先生のあらゆる残滓を容赦なく一掃し、ロシア議会の召集と立法活動のための基盤を整えるだろう。ツァーリを追い出しても、それでもまだツァーリの官僚たちが残るであろう。この連中は、新たな政治秩序のもとで、あらゆる労働者人民を自らの権力下に引きとどめておこうとするだろう。裁判所、官房、警察のあらゆる場所が人民の敵によって占拠され、軍隊が労働者たちの敵である階級出身の指揮下にあるあいだは、紙に書かれたいかなる法律も自由を保障することはできない。

 資本家、地主、官僚、警察が、人民に望ましいようにではなく、資本家その他を利するように、人民に投票することを余儀なくさせることができるのならば、直接平等秘密の普通選挙権さえ欺瞞となるだろう。

 労働者は、ロシアで政治的体制転覆が成し遂げられた場合でさえ、闘争から身を引いてはならない。労働者は自らの政治的利益を、それとともに全国民の政治的利益を守りつづけなければならず、もし人民の敵あるいは偽りの味方が、その血まみれの汚れた手で国の支配を行なおうとするのであれば、いつでも事件の成り行きに力ずくで介入する構えができていなければならない。

 労働者階級はただちにこの任務の準備に取りかからなければならない。彼らは次のことを肝に銘じなければならない。すなわち、自分たちの進む道は、専制に反対する他のすべての闘争参加者よりも遠くに続いていること、他の政治的陣営の出身である現在の友人や同盟者は、次々に自分たちを見捨てるだろうこと、この友人たちは中途半端な改革で満足し、労働者階級の敵である諸階級との同盟を求めるだろうこと、その多くは労働者階級に背を向け、そして前へ進めば進むほど、労働者階級の進む道はますます困難で危険なものになるだろうこと、これである。

 労働者よ、革命を組織せよ、革命のために自らを組織せよ。革命後の力をつくり出すために自らを組織せよ!

 君たちの利益はすべての勤労人民の利益である。君たちの利益の外には、人民の収奪者の利益しかないのだ!

 革命万歳!

 労働者政府万歳!

パルヴス

『ニューズ・レター』第13号より

 

トロツキー研究所

トップページ

1900年代