トロツキー写真館

  

プレハーノフとボグダーノフ

ゲオルグ・プレハーノフ(1856-1918)

(ロシア・マルクス主義の父。晩年は最も頑強な社会愛国主義者で反ボリシェヴィキ派となる)

アレクサンドル・ボグダーノフ(1873-1928)

(哲学・科学分野で活躍したボリシェヴィキで、反動期には極左派としてレーニンと対立)

エルンスト・マッハ(1838-1916)

(オーストリアの物理学者で哲学者。『感覚の分析』で実証主義的な経験批判論を展開)

エドゥアルト・ベルンシュタイン(1850-1932)

(ドイツ社会民主党の指導者。いわゆる修正主義の創始者)

 「私はさまざまなことを話した。シベリアでの論争、とりわけ中央集権的組織の問題をめぐる論争のこと、このテーマに関する私の手書きの試論のこと、数週間ばかり滞在したイルクーツクでの古参ナロードニキとの激しい衝突のこと、マハイスキの3つの論文のこと、等々。レーニンは話を聞きだすのがうまかった。

 『それで、理論に関してはどうだったのかね?』。

 私は、モスクワの中継監獄でレーニンの著作『ロシアにおける資本主義の発展』を集団学習したこと、流刑地でマルクスの『資本論』にとりかかったが、第2巻で中断したことなどを話した。われわれは、カウツキーとベルンシュタインとの論争について原典にもとづいて熱心に研究してきた。ベルンシュタインの支持者はわれわれの間では皆無だった。哲学の分野では、マルクス主義とマッハおよびアヴェナリウスの認識論を結びつけたボグダーノフの著作にわれわれは惹きつけられた。レーニンにも、当時はボグダーノフの著作は正しいように思われた。

 『私は哲学者ではないが』とレーニンは不安げにつけ加えた――『プレハーノフはボグダーノフの哲学を、仮面をかぶった観念論の変種だと厳しく非難している』。数年後、レーニンは、マッハとアヴェナリウスの哲学に関する大部の著作を著わしたが、彼らに対するレーニンの評価は基本的にプレハーノフと同じだった。」(『わが生涯』第11章「最初の亡命」より)

 

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